セラピストにむけた情報発信



歩行中のバランス維持:頭部の安定性にみる知覚系と運動系の不可分性



2008年11月4日

歩行中に安定したバランスを維持することには,静止立位におけるバランス維持とは異なる要素が多く含まれます.たとえば歩行中は静止立位の場面と違い,片足だけで姿勢を維持する局面が多く存在します.従って,非常に小さい支持基底面のもとにバランスを維持しなくてはなりません.さらに,重心が支持基底面の上に位置しない局面が存在します.このため,非常に不安定な姿勢の中で,重心の動きを絶妙にコントロールして,バランスを維持することが求められます.

このようなバランス維持の原理から,一般に歩行制御に関する研究の視点は,重心位置と支持基底面の時空間的な関係に向けられていきます.

ところが,歩行中のバランス維持にはそれ以外に,頭部を安定させることが重要だという主張があります.これは,歩行に大きく寄与する感覚器官である視覚器官や前庭器官が頭部に存在するため,頭部の安定が,これらの感覚器官から得られる感覚情報の信頼性につながるからだ,という考えに基づいています(Bril et al. 1998; Menz et al. 2003a,2003b).

デコボコした通路を歩くと,平坦な通路を歩くときよりも不安定な姿勢となりますが,実際に不安定となるのは体幹部であって,頭部の動揺は体幹部ほど大きくありません(Menz et al. 2003a).これに対して転倒危険性の高い高齢者の場合,体幹部が動揺すると,頭部の動揺も大きくなってしまいます(Menz et al. 2003b).これらの結果は,頭部の安定が歩行中のバランス維持に重要である可能性をを示しています.

頭部の安定は歩行に限らず,多くの運動課題におけるバランス維持に貢献しているという報告もあります.例えば,体操選手のムーンサルト(月面宙返り)の場面では,全身がくるくると回転しているときでも,頭部の位置が大きく動かないようにコントロールされているようです(Berthoz et al. 1994).

歩行の制御には,視覚や前庭感覚といった感覚情報が重要です.しかしながら,感覚情報を有益なものとするためには,巧みな運動制御により頭部を安定させる必要があるのです.このような事実は,知覚系と運動系が1つのシステムとして,不可分な関係を形成していることを示しています.


引用文献
Berthoz A et al. Head and body coordination during locomotion and complex movements.In Swinnen SP et al. (Eds.) Interlimb Coordination: neural, dynamical, and cognitive constraints (page. 147-165). San Diego Academic Press, 1994

Bril B et al. Head Coordination as a Means to Assist Sensory Integration in Learning to Walk. Neurosci Biobehav Rev 22; 555-563, 1998

Menz HB et al. Acceleration patterns of the head and pelvis when walking on level and irregular surfaces. Gait Posture 18; 35-46, 2003a.

Menz HB et al.Acceleration patterns of the head and pelvis when walking are associated with risk of falling in community-dwelling older people. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 58; M446-452, 2003b.


(メインページへ戻る)